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横浜地方裁判所 平成5年(ワ)3811号 判決

原告

中村秀次

中村俊彦

両名訴訟代理人弁護士

竹内美佐夫

高柳馨

芦塚増美

田村彰浩

被告

宗教法人正継寺

代表者代表役員

大橋慈讓

訴訟代理人弁護士

内野経一郎

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ二〇万円及びこれに対する平成五年一〇月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  右一は、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告ら

(一)  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する平成五年一〇月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言

2  被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  当事者

(1) 原告中村秀次(以下「原告秀次」という。)は、昭和五一年五月二〇日に死亡した中村ヨシ子(以下「亡ヨシ子」という。)の夫であり、原告中村俊彦(以下「原告俊彦」という。)は亡ヨシ子の子である。

(2) 被告は、日蓮正宗に包括される同宗の末寺で、昭和二九年九月二四日、宗教法人として設立された寺院であり、昭和三五年以降、納骨堂を経営し、他人の委託を受けて遺骨を収蔵する納骨業務を行っている。なお、被告は、右納骨堂の経営について、墓地、埋葬等に関する法律一〇条一項所定の県知事の許可を受けていない。

(二)  遺骨の寄託

被告は、平成二年六月八日、原告秀次の依頼により、返還時期の定めなく、保管料を一年間二〇〇〇円として、亡ヨシ子の遺骨(以下「本件遺骨」という。)を保管することを約し、骨壺(以下「旧骨壺」という。)に収納された状態でこれを受け取った。

(三)  被告の債務不履行及び不法行為

(1) 遺骨の一部の合葬処分

被告は、本件遺骨を旧骨壺からそれより小さい別の骨壺(以下「新骨壷」という。)に移し替え、これに入りきらなかった残りの遺骨を合葬処分した(以下、この移し替え及び本件遺骨の合葬処分を、便宜、「本件処分」という。)。そのため、原告秀次は、平成三年一〇月二七日、被告に本件遺骨の返還を求めた際、新骨壷に移し替えられたものしか返還を受けられなかった。

(2) 債務不履行

本件処分は、本件遺骨の寄託契約上の善管注意義務・返還義務に反する債務不履行である。

(3) 不法行為

①被告は、納骨業務を行う寺院として、寄託を受けた遺骨については、遺族等の宗教的感情を害することのないよう、宗教的慣習ないし社会通念に照らして適切な方法で保管し、これを原状のまま返還すべき業務上の注意義務を負っている。

②本件処分は、右の注意義務に違反するものであり、遺族等に対する不法行為を構成する。

(四)  原告らの損害

本件遺骨は、原告秀次にとっては亡き妻のものであり、原告俊彦にとっては亡き母のものである。その一部を無断で処分されたことにより、原告らは、その宗教的感情を著しく害され、多大な精神的苦痛を被った。かかる精神的苦痛を慰藉するに相当な金額は、それぞれ一〇〇万円を下らない。

(五)  よって、原告秀次は、有償寄託契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、原告俊彦は、不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告に対し、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成五年一〇月二四日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

2  請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)は、(1)は不知、(2)は認める。

(二)  同(二)は、認める。

(三)  同(三)は、(1)は認め、(2)(3)は争う。

(四)  同(四)は、争う。

3  抗弁

原告らは、平成二年六月八日、被告が原告秀次の依頼による納骨を受け付けた際、いずれも、被告に対し、本件遺骨を納める骨壺が小さくなることを了解し、もって本件遺骨について本件処分がなされることを承諾した。

すなわち、本件遺骨の被告への納骨に係る「納骨願」(以下「本件納骨願」という。)には、遺骨の容器は一定の大きさ以下とすることが明記され、かつ、被告の納骨受入れ手続上、それについての了解を得た場合には、「納骨願」自体に「小」と記入することとしているところ、本件納骨願にもその記入がなされている。また、被告は、右受付の際、それに従事していた大橋由子(以下「大橋」という。)において、原告らに、本件遺骨を納める骨壷が小さくなる旨などを説明している。したがって、原告らは、本件処分がなされることを承諾したものというべきである。

4  抗弁に対する原告らの答弁 否認する。

本件遺骨の納骨受付手続をしたのは大橋ではなく、被告の従業員林寿喜(以下「林」という。)である。林が被告主張のような説明をしたことは全くない。また、本件納骨願には、僅かに、その規約欄の1に「遺骨の容器は(外側)縦一四糎、横一二糎以下の大きさとする。」と記載されているが、それは骨壺の大きさを規定しているだけであり、これを持って本件処分等を説明しているものとみることはできない。原告らがこれに署名・押印したからといって、本件処分を承諾したことにはならない。

三  証拠関係

記録中の証書目録・証人等目録のとおりである。

理由

一  被告の債務不履行及び不法行為について

1 請求原因(二)(遺骨の寄託)は当事者間に争いがない。この事実によれば、原告秀次と被告との間に、本件遺骨について、被告が同原告のためにこれを保管することを約する有償寄託契約が成立したことは明らかであるから、被告は、本件遺骨を善良な管理者としての注意義務をもって保管し、原告秀次から求められたときはこれを返還すべき義務を負ったことになるところ、請求原因(三)(1)(遺骨の一部の合葬処分)のとおり、被告が本件遺骨について本件処分を行い、そのため、原告秀次は寄託した本件遺骨の一部の返還を受けられなかったことは当事者間に争いがない。

2 したがって、特段の事情の存しない限り、被告の本件処分は原告秀次との間の寄託契約に違反する債務不履行となる。また、人の遺骨は、一般社会通念上、遺族等の故人に対する敬愛・追慕の情に基づく宗教的感情と密接に結び付いたものであり、このような心情は一種の人格的法益として保護されるべきものであるから、これを扱う者に、宗教的慣習ないしは社会通念に照らして適切とはいえない面があった場合には、それは右の人格的法益に対する侵害として遺族等に対する不法行為をも構成するものと解されるところ、本件処分は、特段の事情のない限り、遺骨の扱いとして適切とはいい難く、右の不法行為を構成するものと解するのが相当である。被告が、宗教法人として設立された寺院であり、納骨堂を経営し、他人の委託を受けて遺骨を収蔵する納骨業務を行っていること(この点は、当事者間に争いがない。)を考えると尚更である。そして、成立に争いのない甲第三号証及び第一九号証によれば、原告俊彦は、本件遺骨に係る亡ヨシ子の子であることが認められる。

二  抗弁について

1  被告は、原告らは、本件処分がなされることを承諾していたとして縷々主張し、証人大橋由子の証言により成立を認める乙第一号証、第二号証及び同証言中には、本件遺骨の納骨受付の際、大橋において、原告らに対し、「本件遺骨を納める骨壺は小さくなる。したがって、遺骨は全部は残らないことになる。この点の了解をいただけないと、預かることはできない」などと説明したところ、原告らからは異議が述べられなかった旨、右の主張に沿う部分がある。また、前掲甲第三号証、乙第一号証、第二号証、原本の存在・成立に争いのない甲第一号証(成立に争いのない乙第二五号証の一)、証人大橋の証言及び原告俊彦本人尋問の結果によると、本件遺骨の寄託に当たって被告に作成・提出された「本件納骨願」には、その規約欄の1に「遺骨の容器は(外側)縦一四糎、横一二糎以下の大きさとする。」と印刷・記載されており、その右側余白部分に、被告のいう「小」が記入されていることが認められる。

2  しかしながら、まず、乙第一号証、第二号証及び証人大橋の証言中被告の主張に沿う供述部分は、にわかに採用することができない。すなわち、前掲甲第三号証及び原告俊彦本人尋問の結果によると、同原告は、その妻とともに、父親の原告秀次に代わって、本件遺骨の納骨手続を実際に行っている者であるが、右各号証及び本人尋問において、「納骨の際に原告らと応対した被告側の者は林であって、大橋ではない。大橋とは話をしていない。林から、骨壺が小さくなるなどの説明は全くなかった」旨供述し、大橋の供述を真っ向から否定しているところ、特にその信憑性を疑わなければならないほどの事情も窺えない。一方、大橋は、本件遺骨の受付時の様子は鮮明に記憶しているとし、特に、乙第二号証には、その状況が一問一答式を交えて極めて詳細に記載されている。しかし、被告は、平成五年一二月一五日に提出されたその同月一三日付け準備書面において、原告らに対し、「納骨受付に至る手続きを、日時、場所、受付従事者、会話内容等明らかにして詳細な主張をされたい」と釈明を求める(この点は、記録上明らかである。)など自ら積極的に右受付時の様子を主張しようとはしなかったのである。もし、大橋において、真実受付に当たっており、受付時の様子を乙第二号証に記載されているような形で詳細に記憶していたのであれば、被告は、右のような釈明を求める必要はなかったはずであるし、原告らの主張を待つまでもなく、大橋の記憶に基づいて受付時の状況を主張し、もって、原告らが本件処分を承諾していたことを強調するのが普通である。これらの事情を勘案すると、乙第一号証、第二号証及び証人大橋の証言中被告の主張に沿う供述部分は、にわかに採用することができないものというべきである。

次に、「本件納骨願」の遺骨の容器についての印刷・記載の点は、それ自体に基づく論理的帰結としては、定められた大きさの容器に入りきれない遺骨は合葬処分等されることが示されていることになるものといい得ないではないにしても、事柄が、一般社会通念上、その扱いに格別の慎重さと丁寧さが要求されてしかるべき遺骨に関するものであることにも鑑みると、被告において、原告らに右の記載を指摘し、その趣旨を説明したことを認めることのできない本件にあっては、これを直ちに被告主張事実を認めさせるものとみるのは相当とはいえない。また、「小」が記入されていることも、被告側の一方的認識を示しているだけのことであり、直ちに被告主張事実の存在を推認させるものともいい難い。

3  そして、以上に検討したほかには、被告の主張事実を認めさせるに足りる事実関係を認めることもできない。

4  したがって、被告の抗弁は採用できない。

三  原告らの損害について

前掲甲第三号証及び第一九号証によれば、原告秀次は、本件遺骨に係る亡ヨシ子の夫であることが認められ、原告俊彦が亡ヨシ子の子であることは前記認定のとおりである。このような原告らと本件遺骨との関わりを考えると、原告らが、被告の本件処分によって精神的苦痛を被ったであろうことは推認に難くない。これに対する慰藉料は、原告ら各自についてそれぞれ二〇万円とするのが相当である。

四  結論

以上によれば、被告は、原告秀次に対しては、有償寄託契約の債務不履行に基づく損害賠償として、原告俊彦に対しては不法行為に基づく損害賠償として、各自に一〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日である平成五年一〇月二四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、原告らの請求は、右の義務の履行を求める限度において理由があり、その余は失当であるから、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官根本眞)

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